5. 冗談で一枚

 この家に来て今で4カ月だけど、ボスと一緒に撮った写真はこの一枚だけ。ボスは毎月一度、大きなカバンをせおって東京に行っていて、大勢で音楽をやるビッグバンドってものに参加している。この写真は去年、そのビッグバンドを紹介する紙にのせるのに使ったんだって。しかも写真と一緒に「メジャーリーグの始球式を見事に成功させた愛猫ピケ・ヘルナンデス」って紹介文がのせられたっていうんだ。僕そんな始球式なんて出たことないよ! たしかに、ボールではしょっちゅう遊んでるけどね。ボールを全力で転がして、すぐになくしてしまうんだ。ベッドや棚の下にコロコロと魔法のように吸い込まれて、大好きなボールを何個失ったことか。
 「始球式なんて出たことない!」そうボスに抗議したけど、ボスはただ笑って「みんな冗談だってわかってる」って言うんだ。どういうこと? ボスはこの家から一歩外に出ると、色んな人に毎日冗談を言って回っているみたいだ。楽しいし、本当のことばかり言うのは息がつまるからって。だとしたら、この僕らのたった一枚の写真も、冗談の気晴らしのために撮られたのかなあってがっかりしてしまう。
 いつかちゃんとした写真を撮ってほしい。ボールをすぐになくしてしまうピケ・ヘルナンデスと、冗談を言わないいつものボスの写真をね。