1. ある夜のこと

 僕がこの家に来たのは去年の秋。それまではずいぶん遠くの、山の上にあるお屋敷に住んでたんだけど、突然いまの“ボス”がやってきて、車に僕をのせて連れさった。たくさんのご飯とおやつ、そして僕の苦手な二段ケージも一緒にね。

 僕は人見知りをしない。怖いものなんてないし、知らない生き物だって知らない景色だって、いつかは僕のことをみとめてくれることを知ってる。目が開いてヨチヨチ歩きの時からそうだったからね。だからボスが迎えにきて車で運ばれている時も、押し込まれたせまくるしいキャリーの中から必死に手を伸ばして、ボスの腕や髪を思い切り引っかいてやった。早くここから出してほしかったのもある。
 ボスは「いたい!いたい!」と叫びながら車を走らせていたけど、そのうち「あんたのせいで道を間違えた」と言って困り果てているようだった。そのあと車は、右に左に上に下にどっかんどっかん揺れたから、僕はボスをひっかくのをあきらめて、ケージの中で踊りまくってやった。車も揺れて、僕も揺れて、それでもキャリーのふたは開かなかった。いいかげんに疲れて、急に眠くなってウトウトと目を閉じかけたころ、ようやくこの家についたってわけ。

 「あんたの安全のため」とボスは言って、家に着くなり二段ケージをあわてて組み立てて、僕をその中に入れた。大好きなご飯と水と一緒にね。この写真は家に到着した夜の僕だけど、ずいぶんと弱っちい。今はもっと強くなっているよ。早くこの二段ケージから出してくれないかなあって顔だね。あと、おやつ待ちの顔でもある。僕はいつだっておやつ待ちだから。

 二段ケージから出してもらえたのはこの三日後のこと。僕にピケ・ヘルナンデスという名前がついたのも、多分そのころ。


ピケ・ヘルナンデスの知るかぎり
1. ある夜のこと2. パトロール開始
3. 扉が開く日4. 夢の中でも遊ぶ
5. 冗談で一枚6. 一日の始まり
7. 僕がおそれるもの8. 監視されてるっぽい
9. おやつは永遠10. 窓の外には
11. 歌を教えてあげる12. 嘘やいたずらまみれの、一歳の誕生日
13. 誕生日とエイプリルフール14. 新しい世界へ、ついに進出
15. 空飛ぶピケ・ヘルナンデス16. うさぎの復活劇
17. ピケ・ヘルナンデス入り布団袋