1. ある夜のこと

僕がこの家に来たのは去年の秋。それまではずいぶん遠くの、山の上にあるお屋敷に住んでたんだけど、突然いまの“ボス”がやってきて、車に僕をのせて連れさった。たくさんのご飯とおやつ、そして僕の苦手な二段ケージも一緒にね。
僕は人見知りをしない。怖いものなんてないし、知らない生き物だって知らない景色だって、いつかは僕のことをみとめてくれることを知ってる。目が開いてヨチヨチ歩きの時からそうだったからね。だからボスが迎えにきて車で運ばれている時も、押し込まれたせまくるしいキャリーの中から必死に手を伸ばして、ボスの腕や髪を思い切り引っかいてやった。早くここから出してほしかったのもある。
ボスは「いたい!いたい!」と叫びながら車を走らせていたけど、そのうち「あんたのせいで道を間違えた」と言って困り果てているようだった。そのあと車は、右に左に上に下にどっかんどっかん揺れたから、僕はボスをひっかくのをあきらめて、ケージの中で踊りまくってやった。車も揺れて、僕も揺れて、それでもキャリーのふたは開かなかった。いいかげんに疲れて、急に眠くなってウトウトと目を閉じかけたころ、ようやくこの家についたってわけ。
「あんたの安全のため」とボスは言って、家に着くなり二段ケージをあわてて組み立てて、僕をその中に入れた。大好きなご飯と水と一緒にね。この写真は家に到着した夜の僕だけど、ずいぶんと弱っちい。今はもっと強くなっているよ。早くこの二段ケージから出してくれないかなあって顔だね。あと、おやつ待ちの顔でもある。僕はいつだっておやつ待ちだから。
二段ケージから出してもらえたのはこの三日後のこと。僕にピケ・ヘルナンデスという名前がついたのも、多分そのころ。